自由は、許可だった。

航空券を検索する朝|自由は自分に許可を出した瞬間から始まる 思考ログ
朝の自然光が差し込む机でノートパソコンを使い海外旅行の航空券を検索する男性とコーヒー

以前のタイ旅行は、
ただの旅行ではなかった。

奥さんがタイ人ということもあり、
毎年のように訪れることは、
いつの間にかライフスタイルの一部になっていた。

観光地を巡り、歴史ある建物を歩く。

それは気分転換というよりも、
好奇心を立て直し、
視点を調整する時間だったと思う。


行けなくなった理由

でもここ数年、行けなくなった。

子どもが2人になったこと。
仕事を休むことへの罪悪感。
周りからどう見られるかという視線。

いくつもの理由を並べて、
「今は行くべきじゃない」と
自分に言い聞かせていた。

けれど、ある時気づいた。

本当は、理由なんて違った。

自分で自分に、
“行っていい”という許可を出せていなかっただけだった。


止めていたのは環境じゃない

お金の問題でもない。

円安やバーツ高を気にする人もいるけれど、
自分は今でも屋台で食べ、
現地の生活の中に入る旅をしている。

むしろ、日本で過ごす日常より
お金がかからないことすらある。

つまり、止めていたのは環境じゃない。

自分自身だった。


静かになったあとに思い出したもの

ここ最近、
自分の中のざわつきが少しずつ消えていった。

何かを手に入れたわけじゃないのに、軽くなっていた。

「何がやりたいか」を探すより、
「これまでどう生きてきたか」を
振り返る時間が増えていた。

そんな時、思い出した。

一年に一度の海外旅行。

英語はまったくできない。
それでも、とりあえず海外に行って、
外の空気を吸う。

それだけで、
チャージというよりも、
自分の状態が“凪”に戻っていたことに気づいた。


許可を出した瞬間

そう思った瞬間、
気づけば航空券を検索していた。

想像以上に高かった。

でも、不思議とこう思った。

「それがどうした?」

今まで大きく見えていた壁が、
急に小さく感じた。

日にちなんてどうでもいい。

会社への報告、
不在時の段取り、
必要な調整。

全部を逆算していくと、
なぜか驚くほどスムーズに決まっていった。


自由とは

自由になったわけじゃない。

環境が変わったわけでもない。

ただひとつ。

自分に対して、
「行っていい」と言えただけだった。

自由とは、
何でもできる状態じゃない。

自分に許可を出せる状態なのかもしれない。

次に海へ行く日も、
次に旅に出る日も、
きっと同じように始まる気がしている。

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