――行けなかった理由と、行ってよかった理由
海って、一度行かなくなると、
少しずつ距離ができる。
怖さだったり、
ローカル感だったり、
理由はいくつもあるけど、
気づいた頃には「壁」みたいなものができている。
その壁は、波よりもずっと静かにできあがる。
振り返ると、
最後に海に入ったのは2025年の9月。
そこから、5か月が過ぎていた。
行けなかった理由は、全部“言い訳”だった
最初は単純だった。
筋肉痛がひどくて、とにかく億劫だった。
でも、そこから言い訳は増えていく。
「今日は寒い」
「時間がない」
「明日でもいい」
一つの理由は弱いけど、積み重なると人を止める。
そのうち、
もっと本音に近い理由が顔を出す。
自分の頭を見られたくない。
スキンヘッドになった自分を、
海で見られるのが嫌だった。
そうやって考えているうちに、
どんどん負のスパイラルから抜け出せなくなった。
行かない理由を考えている時間が、いちばん疲れた。
ほぼ、うつ状態だったと思う。
行けば、
行くだけで最高の気分になれることなんて、
分かっていたのに。
行けなかった。
5か月間、
ずっと罪悪感が消えなかった。
それでも、気持ちは消えなかった
時間が経つにつれて、
「行きたい。海に入りたい」
という気持ちは、逆に強くなっていった。
離れても、好きなものは勝手に消えてくれない。
1時間でいい。
そう思えた瞬間、切り替えは早かった。
完璧じゃなくていい。
長く入らなくていい。
そう思えたことで、
決心がついた。
「いつもの、あの優しいポイントに行こう」
平日の休みを狙って、
仕事終わりに準備をした。
準備をしているだけで、もう半分戻っていた。
それだけで、なぜか気分が上がった。
何も準備しない朝
翌日、
いつもなら波をチェックしてから動く。
でも、この日は違った。
波も見ず、
準備もせず、
コーヒー片手に車に乗っていた。
今日は“良い波”より、“行くこと”を優先した。
いつものポイントに着くと、
それだけで不思議と落ち着いた。
すでに何人か入っていたけど、
頭を見られようが、もうどうでもよかった。
遠くから見れば、
ただのスキンヘッドのおじさんだ。
そう思えた瞬間、何かが外れた。
何も気にならなかった。
ウエットに着替える動作すら、
妙に落ち着いていた。
5か月前までのライフスタイルが、
少しずつ戻ってくる感じがした。
気のせいかもしれないけど、
確かに、戻っていた。
海に入った瞬間、思い出した
かみしめるように入水して、
パドルを始めると、
テトラに波が当たる音が聞こえた。
何も考えず、
ただパドルしていた。
この感覚を、忘れていたんじゃなくて、遠ざけていただけだった。
このワクワクする瞬間を、
自分は忘れていたんだと気づいた。
ライディングの出来なんて、どうでもいい。
ターンも、
ステップも、
点数をつけるようなサーフィンじゃなかったけど、
それでも、自分には
10点をあげたくなった。
「できた」じゃなくて、「戻れた」ことが嬉しかった。
ちょうど1時間。
気持ちよく上がることができた。
2月の海は極寒なのに、
気持ちだけは、やけに熱かった。
そして、車に戻って
着替えたあと、
車に置いてあったコーヒーを飲みながら
波を眺めていると、
「いつでも来いよ」
そう言われているような気がした。
待っていたのは、海じゃなくて、自分だったのかもしれない。
自分には、
ハードな筋トレよりも、
こういうスローなライフのほうが合っている。
はっきり、そう確信できた。
円形脱毛症になってから、
失って、
戻るまでに時間がかかったものは、
実は他にもいくつもある。
失ったものより、「戻れると知ったこと」のほうが大きかった。
それは、
また別の記事で書こうと思う。
円形脱毛症で悩んで生きてきた僕の話です。



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